2007年08月
2007年08月31日
朝青龍を一人の人間としてみたら
人は、自分たちの視点で物事を捉える。もし、朝青龍を、横綱という固定観念から外し、一モンゴルから来た青年としてみたら、どのようにみえるか考察することにする。私も含めて、相撲関係者が朝青龍を横綱としての公人という視点からみて評論するが、朝青龍からみれば、今の言葉で言えば、そんなことで見られること自体、うざったいことだと、思っているのである。彼にとって、相撲道など、なかったのである。ただ、モンゴルでは、地位も名声も取れないので、彼の特技を生かせる道を模索しただけなのである。たまたま、モンゴル相撲が強かったから、日本にきただけなのである。親方が自分たちの部屋のエゴのため、外国から人をスカウトしたまでなのである。その利害が一致したから朝青龍は来たのである。郷に入れば、郷に従えなので、朝青龍は、目的のために、我慢したのである。師匠とか、先輩とかは、色々な精神論をとく。相撲道とは、何か、国技とは何か、心技体とはなにか、いろいろと洗脳したはずである。まさしく、朝青龍にとっては、そんなことはどうでもよかったのである。目的は、金をとり、名声を勝ち取り、人より楽していきたいという、人間のエゴとしては、至極あたりませのことを、実践したまでなのである。
相撲というルールにのっとり、相手を負かせばいいのである。朝青龍は、地位が上がれば、待遇がよくなる。相撲世界に、階級制度を見たのである。それも、絶対的な上下関係を見たのである。師匠の言うことを聞いて、番付をあげれば、それでいいと考えたのである。だから、がんばれたのである。がんばれば、モンゴルでは永遠に手に入れられない栄華と財物を、手に入れられる。そして、現実にモンゴルで手に入れられないものが、次から次へと入ってきたのである。国籍も、言葉も、何も関係ない。ただ、勝てばそれだけでいいのである。勝てば、師匠も日本相撲協会も何も言わないのである。ただ、相撲力士としての、最低のマナーや振る舞いで生きればいいのである。そうして、勝っていけば、どんどん収入が増えるのである。朝青龍にとって、日本は単なる出稼ぎの場でしかなかったのである。相撲道も心技体も横綱の品性や品格も彼には関係がないのである。それをもとめたのは、朝青龍以外の人間の見方なのである。相撲は日本の国技である。それは日本人の見方なのである。朝青龍はモンゴル人なのである。朝青龍にとって、相撲は日本の国技であって、モンゴルの国技ではないのである。だから、朝青龍には洗脳が効かなかったのである。もともと、朝青龍は日本に残って、相撲世界で生きる意思など、さらさらなかったに違いないのである。日本は、出稼ぎの場であり、帰るところは、モンゴルであり、相撲は単なる名声や資金をためる手段でしかなかったからなのである。
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相撲というルールにのっとり、相手を負かせばいいのである。朝青龍は、地位が上がれば、待遇がよくなる。相撲世界に、階級制度を見たのである。それも、絶対的な上下関係を見たのである。師匠の言うことを聞いて、番付をあげれば、それでいいと考えたのである。だから、がんばれたのである。がんばれば、モンゴルでは永遠に手に入れられない栄華と財物を、手に入れられる。そして、現実にモンゴルで手に入れられないものが、次から次へと入ってきたのである。国籍も、言葉も、何も関係ない。ただ、勝てばそれだけでいいのである。勝てば、師匠も日本相撲協会も何も言わないのである。ただ、相撲力士としての、最低のマナーや振る舞いで生きればいいのである。そうして、勝っていけば、どんどん収入が増えるのである。朝青龍にとって、日本は単なる出稼ぎの場でしかなかったのである。相撲道も心技体も横綱の品性や品格も彼には関係がないのである。それをもとめたのは、朝青龍以外の人間の見方なのである。相撲は日本の国技である。それは日本人の見方なのである。朝青龍はモンゴル人なのである。朝青龍にとって、相撲は日本の国技であって、モンゴルの国技ではないのである。だから、朝青龍には洗脳が効かなかったのである。もともと、朝青龍は日本に残って、相撲世界で生きる意思など、さらさらなかったに違いないのである。日本は、出稼ぎの場であり、帰るところは、モンゴルであり、相撲は単なる名声や資金をためる手段でしかなかったからなのである。
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2007年08月30日
東芝・シャープ、エコロジー広告合戦
8月29日と30日、一般紙の公告面に、東芝が「王子と地球のはなし」というタイトルででかでかと広告を打ったのである。連作が予想されるので、明日も打つかもしれないのである。誰が考えても、これは、明らかにシャープを意識しての広告だとわかるのである。連作で共通するものは、「この星のエネルギーとエコロジーのために」というキャッチコピーなのである。どこかの、広告代理店が企画発案したのだろうが、これを見ると、東芝は、明らかに、不採算部門を集約し、再生したことが、読み取れるのである。ある意味、この広告は、東芝が市場に発する決意と自信とある意味、宣戦布告とも読み取れるのである。眠れる獅子が蘇ろうとする意気込みが感じられるのである。これを受けて、シャープもだまってはいないはずなのである。アクオス(液晶)と太陽光エネルギーを主体とする、エコロジークラスを標榜するシャープが、これを受けて、さらに踏み込んだ、ID広告イメージをうってくるはずなのである。エコロジーを中核とした東と西の戦いが今まさに展開しようとしているのである。
東芝は、もともと、家電メーカーの東京電気と重電(モーター、発電所、機関車等)メーカーの芝浦製作所が昭和14年に合併して出来た東京芝浦電気という社名だったのである。愛称として、東芝として、通用していたのである。1984年に、正式に社名を東芝にしてイメージを統一したのである。したがって、東芝は、あくまでも重電と家電の二つの顔をもつ総合電気メーカーなのである。東芝と比較されるのが、日立製作所なのである。シャープは、シャープペンシルからスタートした会社なのである。1970年にシャープと社名を変更するまでは創業者の名前をとって、早川電気工業といわれていたのである。今日のシャープを築いたのは、明らかに1970年代以降の話なのである。シャープの製品の基礎は、当時世界で始めて作り上げた電卓からスタートしたのである。その中に組み入れられたソーラーシステム、電卓から派生した電子手帳、そしてビューカムの中に搭載された液晶技術、それらがシャープの主力製品になっていくのである。東芝とシャープは、実は裏と表の関係だったのである。それが、時代のめぐり合わせで、接点があってきたのである。殿様だった東芝が、疲弊していた間に、シャープやSONYが台頭してきて、逆転したのである。大きすぎて動けなかった東芝の株価は日立製作所の半分以下だったのである。それをスリム化し、半導体に特化させたのである。その勢いでデジタル家電の復活がなされたのである。しかも、重電を背負いながら、東芝は復活したのである。シャープは、太陽電池生産、世界一というプライドがあるのである。東芝は、原子力、火力、風力、タービン等の技術をもっているのである。電力供給を担っているプライドがあるのである。家電と、その上流にある技術を全面に押し出して、勝ち抜こうとしているのである。
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東芝は、もともと、家電メーカーの東京電気と重電(モーター、発電所、機関車等)メーカーの芝浦製作所が昭和14年に合併して出来た東京芝浦電気という社名だったのである。愛称として、東芝として、通用していたのである。1984年に、正式に社名を東芝にしてイメージを統一したのである。したがって、東芝は、あくまでも重電と家電の二つの顔をもつ総合電気メーカーなのである。東芝と比較されるのが、日立製作所なのである。シャープは、シャープペンシルからスタートした会社なのである。1970年にシャープと社名を変更するまでは創業者の名前をとって、早川電気工業といわれていたのである。今日のシャープを築いたのは、明らかに1970年代以降の話なのである。シャープの製品の基礎は、当時世界で始めて作り上げた電卓からスタートしたのである。その中に組み入れられたソーラーシステム、電卓から派生した電子手帳、そしてビューカムの中に搭載された液晶技術、それらがシャープの主力製品になっていくのである。東芝とシャープは、実は裏と表の関係だったのである。それが、時代のめぐり合わせで、接点があってきたのである。殿様だった東芝が、疲弊していた間に、シャープやSONYが台頭してきて、逆転したのである。大きすぎて動けなかった東芝の株価は日立製作所の半分以下だったのである。それをスリム化し、半導体に特化させたのである。その勢いでデジタル家電の復活がなされたのである。しかも、重電を背負いながら、東芝は復活したのである。シャープは、太陽電池生産、世界一というプライドがあるのである。東芝は、原子力、火力、風力、タービン等の技術をもっているのである。電力供給を担っているプライドがあるのである。家電と、その上流にある技術を全面に押し出して、勝ち抜こうとしているのである。
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2007年08月29日
闇サイト・携帯サイト殺人( 愛知女性拉致殺人事件 )
とんでもない殺人事件が8月24日名古屋市で起きたものである。まったく面識のない若い女性を拉致し、顔を粘着テープできつくまき、しかもその上からビニール袋をかぶせ、ハンマーでどついたのである。それを岐阜県の山林に遺棄したのである。卑劣な3人は、携帯電話サイト「闇の職業安定所」で知り合ったのである。お互いを匿名にし、3人の関連性も分からないままに、金品を略奪する目的で合流し、犯行を行ったのである。今回は、犯人の一人が自首したために、事件の全容がわかったのであるが、もし、自首しなければ、まさしく、磯谷利恵さんは、完全に闇に葬られ、その失踪もいつか忘れ去られたに違いないのである。ただ、残された家族に心配と諦めと悲しみが癒されぬまま残ったはずなのである。
しかし、事実は最悪な結末を残された母親に突きつけたのである。想像するだけでも、むごいと思わざるを得ない事件の詳細が公開されたのである。その残された母親の気持ちは、昇華されることなく、犯人に対しての憎しみだけがきっとのこることだろう。お葬式後に発表された母親のコメントを読むと、一人の人間として、一人の親として、胸を締め付けられる思いがするのである。誰が読んでも、この母親の無念さに対して、何もいえなくなるのである。ただ、静かに合掌し、冥福を静かに祈ることしかできないのである。確かに、壮絶なコメントであり、感受性のある人なら、自然と目頭が熱くなるのである。
−なぜ利恵が……。その時の娘の恐怖と痛みと苦しみを思うとき、いたたまれない気持ちで一杯になります。お母さん助けて、助けて!と叫んでいたに違いありません。あと少しで我が家にたどり着けたのに、と思うと本当に残念でなりません。行き場のない悔しさ、無念と犯人たちに対する憤りで胸が張り裂けそうです。何の落ち度も、関係もない娘に対し、あれほどの異常な行為を行った人間の存在を、私は認めることはできません。絶対に、絶対に、許しません。
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しかし、事実は最悪な結末を残された母親に突きつけたのである。想像するだけでも、むごいと思わざるを得ない事件の詳細が公開されたのである。その残された母親の気持ちは、昇華されることなく、犯人に対しての憎しみだけがきっとのこることだろう。お葬式後に発表された母親のコメントを読むと、一人の人間として、一人の親として、胸を締め付けられる思いがするのである。誰が読んでも、この母親の無念さに対して、何もいえなくなるのである。ただ、静かに合掌し、冥福を静かに祈ることしかできないのである。確かに、壮絶なコメントであり、感受性のある人なら、自然と目頭が熱くなるのである。
−なぜ利恵が……。その時の娘の恐怖と痛みと苦しみを思うとき、いたたまれない気持ちで一杯になります。お母さん助けて、助けて!と叫んでいたに違いありません。あと少しで我が家にたどり着けたのに、と思うと本当に残念でなりません。行き場のない悔しさ、無念と犯人たちに対する憤りで胸が張り裂けそうです。何の落ち度も、関係もない娘に対し、あれほどの異常な行為を行った人間の存在を、私は認めることはできません。絶対に、絶対に、許しません。
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朝青龍、残念ながら帰国治療。
残念ながら、朝青龍は、モンゴルへ帰国して治療することに決まった。ブログで書いたように、朝青龍が、モンゴルへ帰るようなことになれば、再起は不可能になるだろう。朝青龍は、精神科医から、「解離性障害」と診断され、その薦めによって、日本相撲協会も帰国治療に同意せざるを得なくなったのである。解離性障害とは、自分が何者なのか分らなくなる障害である。自分の肉体に対して、自分と言う意識がもてなくなり、自分の心と体とが、分離している感覚なのである。心的なショックが大きすぎて、それを受け入れたくない思いが、自分(精神)と肉体(現実)とを、切り離すのである。また、現実と心とがどこかでつながれば、今度は、現実から受けた心の傷害を受け止めなければならないのである。いつまでも、乖離していたいと願う症状が解離性障害という心の病でもあるのである。自己防衛的な要素が強いのである。
これを見ていると、朝青龍も単なる普通の弱い人間だったと誰もが思うのである。相撲も格闘家である。その時点で、相手から、逃げた横綱と思われるのである。現実から逃避した横綱と思われてしまうのである。残念ながら、再度、朝青龍が土俵にあがったとしても、そこに強い横綱の面影は見られないはずなのである。今は、解離性障害で、自分を見失っている。しかし、心が静まり、現実から受けたショックが薄まれば、自然と心と体との結びつきが生まれるものなのである。もし、朝青龍の中に、今回の記憶が抜け落ちていたら、朝青龍は、再起できるはずなのである。しかし、朝青龍の中には、今回の顛末はすべて記憶の中に収納されているのである。今は、忘れているかもしれないが、どこかで、思い出すものである。やがて、冷静に、自分を見つめられるときがくるのである。そのとき、横綱としてのプライドが、朝青龍をどう変化させるかなのである。
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これを見ていると、朝青龍も単なる普通の弱い人間だったと誰もが思うのである。相撲も格闘家である。その時点で、相手から、逃げた横綱と思われるのである。現実から逃避した横綱と思われてしまうのである。残念ながら、再度、朝青龍が土俵にあがったとしても、そこに強い横綱の面影は見られないはずなのである。今は、解離性障害で、自分を見失っている。しかし、心が静まり、現実から受けたショックが薄まれば、自然と心と体との結びつきが生まれるものなのである。もし、朝青龍の中に、今回の記憶が抜け落ちていたら、朝青龍は、再起できるはずなのである。しかし、朝青龍の中には、今回の顛末はすべて記憶の中に収納されているのである。今は、忘れているかもしれないが、どこかで、思い出すものである。やがて、冷静に、自分を見つめられるときがくるのである。そのとき、横綱としてのプライドが、朝青龍をどう変化させるかなのである。
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2007年08月27日
安部改造内閣(民意を汲めるのか)
安部改造内閣が決まった。民意を明らかに意識した改造内閣である。いろんなコメントが入るだろうし、あれほど、安部内閣を批判した舛添要一参議院議員が、厚生労働大臣になって、言動がどう変化するのかが、楽しみである。マスコミの注目度は、この布陣を見る限り、舛添議員に集まるのは、当然である。後の人は、それなりの実績と経験があるのだろうから、それなりの仕事はこなしていくことだろう。ただし、誰がやっても、安部首相の考え方が基本になるのであるから、期待はできるはずがないのである。
問題は、安倍首相が、改造人事において、格差を生んだ、小泉構造改革の実と虚の総括を国民に訴えられるかどうかなのである。ジニ係数が、0.5263になり、国民の23%の金持ち層だけで、総所得(国民所得)の77%をさらっている、逆なことを言えば、国民の77%の圧倒的な人が、総所得の23%の分を分配しているという現実に、どう格差是正を訴えられるかどうかなのである。国民の77%の人が、実は相対的に、貧困層になっているこの現実をどう説明するかなのである。(詳細は、8月25日の美粒ブログ、所得格差 (05年ジニ係数0.5263の意味する所)を参照してください。)安部首相が、この所得格差について、どう言及し、それがいいことなのか、悪いことなのか、を明確化できる点にあるかどうかなのである。公明党は、連立内閣与党として、今回も国土交通省に冬柴衆議院議員を送り込んでいる。公明党は、(生命・生活・生存)の人間主義、生活者重視の文化・福祉国家、人間と自然の調和、人類益を目指す地球民族主義へ、世界に貢献する日本、草の根民主主義の開花と地方主権の確立、民衆への献身とオピニオン・リーダーとが、党の綱領なのである。人間主義の項目には、政治の使命は、生きとし生ける人間が、人間らしく生きる権利、つまり人権の保障と拡大のためにこそあります。と明記されているのである。文化・福祉国家には、経済体制としては、自由な市場経済を基調としつつも、社会的公正の実現と社会的弱者の擁護など、市場原理と平等の原則との調和のとれた社会としての福祉社会のあり方を追及すべきです。と書いているのである。公明党の綱領を読んでいくと、小泉構造改革の路線とは、完全に異質であると感じるのである。小泉構造改革を継承すると明言した安部首相の路線とも、完全に乖離しているのである。誰が考えても、不自然なのである。今の弱肉強食のこの日本の、どこに社会的公正が実現されて、どこに社会的弱者の擁護が組み込まれているかなのである。「経済大国ながら生活小国」「繁栄の中の貧困」といわれているこうした現実を変えるといっておきながら、23%の人は、生活大国、77の人は生活極小国、23%の人は繁栄の中の大繁栄、77%の中は、貧困の中の貧困になっているのである。
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問題は、安倍首相が、改造人事において、格差を生んだ、小泉構造改革の実と虚の総括を国民に訴えられるかどうかなのである。ジニ係数が、0.5263になり、国民の23%の金持ち層だけで、総所得(国民所得)の77%をさらっている、逆なことを言えば、国民の77%の圧倒的な人が、総所得の23%の分を分配しているという現実に、どう格差是正を訴えられるかどうかなのである。国民の77%の人が、実は相対的に、貧困層になっているこの現実をどう説明するかなのである。(詳細は、8月25日の美粒ブログ、所得格差 (05年ジニ係数0.5263の意味する所)を参照してください。)安部首相が、この所得格差について、どう言及し、それがいいことなのか、悪いことなのか、を明確化できる点にあるかどうかなのである。公明党は、連立内閣与党として、今回も国土交通省に冬柴衆議院議員を送り込んでいる。公明党は、(生命・生活・生存)の人間主義、生活者重視の文化・福祉国家、人間と自然の調和、人類益を目指す地球民族主義へ、世界に貢献する日本、草の根民主主義の開花と地方主権の確立、民衆への献身とオピニオン・リーダーとが、党の綱領なのである。人間主義の項目には、政治の使命は、生きとし生ける人間が、人間らしく生きる権利、つまり人権の保障と拡大のためにこそあります。と明記されているのである。文化・福祉国家には、経済体制としては、自由な市場経済を基調としつつも、社会的公正の実現と社会的弱者の擁護など、市場原理と平等の原則との調和のとれた社会としての福祉社会のあり方を追及すべきです。と書いているのである。公明党の綱領を読んでいくと、小泉構造改革の路線とは、完全に異質であると感じるのである。小泉構造改革を継承すると明言した安部首相の路線とも、完全に乖離しているのである。誰が考えても、不自然なのである。今の弱肉強食のこの日本の、どこに社会的公正が実現されて、どこに社会的弱者の擁護が組み込まれているかなのである。「経済大国ながら生活小国」「繁栄の中の貧困」といわれているこうした現実を変えるといっておきながら、23%の人は、生活大国、77の人は生活極小国、23%の人は繁栄の中の大繁栄、77%の中は、貧困の中の貧困になっているのである。
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2007年08月26日
アメリカ流小泉型構造改革は国を滅ぼした。
アメリカ流(欧米)のやり方は、いつでも、力には力で対応するというものである。物を微細化するにも、物を壁にたたきつけて割るような手法なのである。物は壊れるが、壁も傷つくというものである。何回かやっていると、壁も破壊されるというものなのである。物も壊れるが、自分も壊れるというものなのである。欧米の考えで作られた機械は、すべてそういう考えで設計されているのである。なぜなら、欧米人は、変化を好むからなのである。それも急激な変化を好むものなのである。それの根本は、戦いなのである。基本的に、狩猟、征服型の気質なのである。相手が銃を出したら、相手よりも早く銃を抜いて、早く引き金を引き、相手を倒すことなのである。世の中の基本は、変化なのである。変化があるから、時間が生まれ、命がうまれるのである。変化があるから、経済がなりたち、物理や心理もなりたち、社会が成り立つのである。だから、その変化の差が激しいほど、そこに格差がうまれ、利益の差がうまれ、正か負のエネルギーがうまれ、急激な運動が発生するのである。
アメリカの考えは、その急激な変化の差によって、そのギャップにエネルギーをためることが良いことだと信じているのである。急激に電位が高くするのと同じなのである。急激に水位を上げることと同じなのである。そして、そこで利益を確保し、その後は、そのエネルギーを一気に解放するのである。スパークが一気に乱れ、火花がとびちり、まさしく放電現象であるから、雷となるのである。水が高速で乱れるため、津波のように氾濫するのである。金融も株もまったく同じなのである。そこに変化の差があるから、利益となるのである。安値で買う。短時間で株価を吊り上げる。高い位置に来る。そこで売って、利益を確保する。不安定な株は下落するのである。
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アメリカの考えは、その急激な変化の差によって、そのギャップにエネルギーをためることが良いことだと信じているのである。急激に電位が高くするのと同じなのである。急激に水位を上げることと同じなのである。そして、そこで利益を確保し、その後は、そのエネルギーを一気に解放するのである。スパークが一気に乱れ、火花がとびちり、まさしく放電現象であるから、雷となるのである。水が高速で乱れるため、津波のように氾濫するのである。金融も株もまったく同じなのである。そこに変化の差があるから、利益となるのである。安値で買う。短時間で株価を吊り上げる。高い位置に来る。そこで売って、利益を確保する。不安定な株は下落するのである。
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2007年08月25日
所得格差 (05年ジニ係数0.5263の意味する所)
ジニ係数とは、見慣れない指標だが、これはある意味、とんでもないことを意味するものなのである。(ジニ係数の詳細は、検索で調べてもらえれば、詳しく他のHPで紹介されているので、参照してください。)この数字(ジニ係数0.5263)は、2005年の集計結果なので、さらに、今は拡大していることが予想されるのである。この数字が意味するところを、言葉で表すと、労働人口の23.685%の人が、国民総所得の76.315%の所得を占有していることになるのである。裏返せば、国民総所得の23.685分の所得を労働人口の76.315%の人で分配しているという事を意味しているのである。具体的な数字で言えば、2005年の国民所得は、3,676,303億円である。日本の労働人口は約6772万人である。つまり、富裕層と呼ばれている人は、1604万人にて、その人たちは2,805,570億円を分配しているのである。その人たちの年間の一人当たりの平均所得は、17,489,000円になるのである。一方、非富裕層と呼ばれている人は5163万人で、全体の76.315%の人はこれに入ることになる。その人たちの年間所得は870,732億円であるから、その人たちの年間の一人当たりの平均所得は、1,684,000円になるのである。その格差は実に10.8倍近くになっているのである。まったく格差のない平等の社会であれば、国民所得が3,676,303億円であり、労働人口が6772万人であれば、年間一人当たりの平均所得は、当然に5,427,000円になるのである。 ジニ係数が意味するところは以上の所なのである。そして、8月24日、2005年のジニ係数が0・5263で、過去最大になったと、「05年所得再分配調査」の中で厚生労働省がその数字を発表したのである。
ジニ係数は、0から1の範囲にあり、0に近ければ、格差のない状態であり、1に近づけば、格差が大きい状態であると意味するのである。0は完全平等であり、総所得を総労働人口で割った数字になるのである。一般的に、0.2から0.3の中にあるのが、普通であり、市場経済で、競争を求められるときでも0.3から0.4が望ましいとされているのである。0.5を超えたら、これは、格差が大きく、社会のゆがみやひずみが社会の許容範囲を逸脱している状態をさすと言われているのである。05年であるから、今から2年まえですでに、0.5263であるから、今はもっと進んでいると感じられるのである。人口の75%弱の人たちが、低賃金の中で押し込まれているのである。逆に25%近い人たちで総所得の75%の果実を独占して優雅に生活しているのである。普通は、革命が起きてもおかしくない状態なのである。その結果をみれば、参議院選挙で自民党がまけ、民主党が勝つのはあたりまえなのである。
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ジニ係数は、0から1の範囲にあり、0に近ければ、格差のない状態であり、1に近づけば、格差が大きい状態であると意味するのである。0は完全平等であり、総所得を総労働人口で割った数字になるのである。一般的に、0.2から0.3の中にあるのが、普通であり、市場経済で、競争を求められるときでも0.3から0.4が望ましいとされているのである。0.5を超えたら、これは、格差が大きく、社会のゆがみやひずみが社会の許容範囲を逸脱している状態をさすと言われているのである。05年であるから、今から2年まえですでに、0.5263であるから、今はもっと進んでいると感じられるのである。人口の75%弱の人たちが、低賃金の中で押し込まれているのである。逆に25%近い人たちで総所得の75%の果実を独占して優雅に生活しているのである。普通は、革命が起きてもおかしくない状態なのである。その結果をみれば、参議院選挙で自民党がまけ、民主党が勝つのはあたりまえなのである。
続きを読む2007年08月24日
ボルト一本の管理(中華航空737−800機の炎上事故)
沖縄空港で、中華航空機ボーイング737−800(ハイテク機)が着陸後、燃料が漏れて、炎上し、間一髪で、乗務員乗客が助かった。その事故の原因が、ボルト一本が欠落で引き起こしたことが、事故調査委員会で判明したのである。ボルトというのは、ものを固定するもので、機械に使われるときは、必ず、振動や力を受けるものなのである。どうもボルトが緩んで外れたのが原因だが、いずれにしても、ボルト一本の管理ができていなかったことが最大のミスなのである。致命的な事故につながる可能性のあるところのボルトが通常の離着陸の力に対して緩むものであれば、ボルトの強度、材質、ナット、ワッシャーの選定を軽く見ていたと指摘されても、抗弁が立たないのである。新鋭機である。フェールセーフの考えの上で、設計が行われているのである。ボルトが外れれば、スラット(可動翼)を収納するときに、ボルトが燃料タンクの壁に押し付けられ、その力で、穴をあけることぐらいの可能性は、予見できたはずなのである。万が一、ボルトが外れても、燃料タンクのフラット部との隙間がボルトの全長よりも長ければ、今回の事故は起こらなかったはずなのである。よしんば、ナットがボルトから外れても、ボルトの頭に、薄いステンレス板を曲げて載せ、その板を固定していれば、ボルトが踊っても、外に落ちることはなかったのである。明らかに、絶対に事故を起こさないフェールセーフの考えで、設計したというよりも、コストを落として設計したハイテク機だと、思われてもしかたがないのである。たまたま、事故が着陸後に起きたからよかったのである。可動翼を収納したのが、たまたま着陸後だったから、助かったのである。もし、走行中や飛行中に起きていたら、間違いなく爆発していた可能性があるのである。もし、爆発していたら、燃料タンクもフラットも粉々になっていたため、事故の原因は、完全に迷宮入りしたはずである。
ボルトとナットは、機械設計では基本のものである。数本が折れても、残りのボルト一本で、固定し支えたため、事故が起きなかったこともあるのである。その一本のボルトでも、締められたら、外観からでは、その内部の腐食や疲労度合いなど、分からないものなのである。二つのものの面をボルトで連結するのである。ナットが緩むことがあれば、その締め込みトルクが不足していることになるのである。もし、強度があっても、強い力が繰り返しかかれば、そのボルトの頭に過度のストレスがかかるのである。ねじる力と引っ張る力の複合的な力を常にうけているのである。ボルトの強度が負ければ、ボルトの頭がとれ、ボルトのねじ部が欠落し、二つの面は外れることになるのである。
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ボルトとナットは、機械設計では基本のものである。数本が折れても、残りのボルト一本で、固定し支えたため、事故が起きなかったこともあるのである。その一本のボルトでも、締められたら、外観からでは、その内部の腐食や疲労度合いなど、分からないものなのである。二つのものの面をボルトで連結するのである。ナットが緩むことがあれば、その締め込みトルクが不足していることになるのである。もし、強度があっても、強い力が繰り返しかかれば、そのボルトの頭に過度のストレスがかかるのである。ねじる力と引っ張る力の複合的な力を常にうけているのである。ボルトの強度が負ければ、ボルトの頭がとれ、ボルトのねじ部が欠落し、二つの面は外れることになるのである。
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2007年08月23日
出生率低下問題―要因は生存の不安
再び、出生率が低下に転じたとのことである。厚生労働省は、要因がわからないとしている。原因は、簡単なのである。生んだ子供の、子供の世代には、地球温暖化等で、この今の現実がそのままの状態であるかどうか、不安だからである。今年の夏が異常に暑いという単なる一過性の現象なら、それは問題ではないのである。40.9度が、何かの偶然でその因果関係も明確されるなら、それはそれでいいのである。しかし、最近の異常気象に対して、みんなが何かがおかしいと感じ出して、それが、漠然とした不安として心に根付いた後に出てきた数字(40,9度)だから、余計おそろしく感じるのである。そして、今の残暑をもたらしている高気圧が東にされば、南の海上で生まれた台風は、高気圧の縁を回るように日本を狙うことになるはずなのである。海水が高いので、台風は、湿った空気をもらって、一気に気圧を下げ、そして、激しい積乱雲を下から上へと発達させることになるのである。猛暑が一転して激しい豪雨となるはずである。人々の心は、ますます不気味になるはずである。
いままで、天地が不安定なことはあった。地震、洪水、豪雨、津波、台風、それは、自然現象として、いずれも自然の営みの範囲の中にあったのである。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。季節は、循環し、その中で、ほぼ同じことが、自然現象としては現れてきたのである。多少の変動はあったが、それは、雄大の自然のなかのばらつきとして許容されてきたのである。それが、日本人の中の無意識の中に、刷り込まれた日本人としての生存用件だったのである。沖縄には沖縄の、九州には九州の、四国には四国の、近畿には近畿の、それぞれの四季があり、それぞれの季節との文化や風習が、根付いていて、日本人は、その身についた時計に合わせて、歳をとりながら、次の世代に日本人の心と命を継承させていったのである。
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いままで、天地が不安定なことはあった。地震、洪水、豪雨、津波、台風、それは、自然現象として、いずれも自然の営みの範囲の中にあったのである。春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。季節は、循環し、その中で、ほぼ同じことが、自然現象としては現れてきたのである。多少の変動はあったが、それは、雄大の自然のなかのばらつきとして許容されてきたのである。それが、日本人の中の無意識の中に、刷り込まれた日本人としての生存用件だったのである。沖縄には沖縄の、九州には九州の、四国には四国の、近畿には近畿の、それぞれの四季があり、それぞれの季節との文化や風習が、根付いていて、日本人は、その身についた時計に合わせて、歳をとりながら、次の世代に日本人の心と命を継承させていったのである。
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2007年08月22日
原子力発電所(電力需要と安全性と地球温暖化)
地球温暖化に伴い、原子力発電所をどうするのかが、今後の大きな問題にならざるを得ないのである。原子力を利用することが、いいことなのか、どうかが、民意の分かれ目になるはずなのである。基本的に、原子力発電とは、放射性物質の核分裂反応で発生する熱で、水を沸騰させ、その力で、蒸気タービンを回し、発電することなのである。発電するメカニズムは、火力も水力も風力も基本は同じなのである。問題は、放射性物質での核分裂を利用することなのである。特に、火力発電所は、火力で燃焼させることで、水を沸騰させて蒸気タービンをまわすことでは、原子力発電と殆ど同じなのである。
問題を複雑にしているのは、日本が原爆の被災国である点なのである。原爆での高熱での熱死や放射能による障害が、面前に繰り広げられたことにあるのである。放射能汚染が、どれだけ、被爆者に深い傷をいまでも与えているかなのである。核分裂反応を利用するため、放射線が常に拡散し、放射能汚染を引き起こす危険性があることになのである。原子炉の周囲を完全に密閉遮断しても、そこがやられれば、放射線は、外へ放出されるのである。それがチェルノブイリ原子力発電等の事故なのである。
原子力発電の仕組みは、下記のようなものである。ウランのような不安定な核燃料に、ある速度をもった中性子を当てることによって、その原子核が中性子を吸収し、そのことで、その原子核はさらに不安定になり、原子核が2つにわかれるのである。それと同時に、複数の中性子を吐き出すのである。それが、別の原子核に吸収され、分裂を誘発させるのである。実際には、その高圧炉のなかには、水があり、高速で飛ばされた中性子が水分子と衝突し、その結果中性子はエネルギーを失い減速するのである。変わりに、エネルギーをもらった水は、勢いよく運動するので、温度が上昇するのである。もちろん、圧力がかかっているので、気化することなく、高温、液体の状態で、熱交換へと移行するのである。それが一次冷却水ラインである。熱交換器で熱を別の二次冷却水ラインに供給し、冷えた一次冷却水は、原子炉にもどるのである。それはそれで、クローズ系なのである。熱交換器で熱をもらった二次の冷却水ラインの水は、水蒸気となり、その水蒸気の力で、蒸気タービンを回すことになるのである。回して熱量を失えば、蒸気は水にもどり、そして、熱交換器へと循環されるのである。これもまたクローズ系であるため、放射能に汚染した一次冷却水が二次側に行くことはないのである。
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問題を複雑にしているのは、日本が原爆の被災国である点なのである。原爆での高熱での熱死や放射能による障害が、面前に繰り広げられたことにあるのである。放射能汚染が、どれだけ、被爆者に深い傷をいまでも与えているかなのである。核分裂反応を利用するため、放射線が常に拡散し、放射能汚染を引き起こす危険性があることになのである。原子炉の周囲を完全に密閉遮断しても、そこがやられれば、放射線は、外へ放出されるのである。それがチェルノブイリ原子力発電等の事故なのである。
原子力発電の仕組みは、下記のようなものである。ウランのような不安定な核燃料に、ある速度をもった中性子を当てることによって、その原子核が中性子を吸収し、そのことで、その原子核はさらに不安定になり、原子核が2つにわかれるのである。それと同時に、複数の中性子を吐き出すのである。それが、別の原子核に吸収され、分裂を誘発させるのである。実際には、その高圧炉のなかには、水があり、高速で飛ばされた中性子が水分子と衝突し、その結果中性子はエネルギーを失い減速するのである。変わりに、エネルギーをもらった水は、勢いよく運動するので、温度が上昇するのである。もちろん、圧力がかかっているので、気化することなく、高温、液体の状態で、熱交換へと移行するのである。それが一次冷却水ラインである。熱交換器で熱を別の二次冷却水ラインに供給し、冷えた一次冷却水は、原子炉にもどるのである。それはそれで、クローズ系なのである。熱交換器で熱をもらった二次の冷却水ラインの水は、水蒸気となり、その水蒸気の力で、蒸気タービンを回すことになるのである。回して熱量を失えば、蒸気は水にもどり、そして、熱交換器へと循環されるのである。これもまたクローズ系であるため、放射能に汚染した一次冷却水が二次側に行くことはないのである。
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