2007年10月16日
9月26日再び、東芝、シャープエコロジー広告合戦のブログに書かれたコメントについて
ねこさんから、下記のようなコメントをいただきました。「利ザヤのために、企業はどの様な優れた価値提供を図ってゆけるか・・・ですね。環境性能は、機能価値・情緒価値・精神価値の精神価値に含まれるのでしょうか?価値提供の差別化がなければ、価格を下げるしかなく、利ザヤの構造は崩壊するということですね。そういう意味では、環境性能は優位性を示しにくい価値ですね。先にやったもの勝ち、声が大きいもの勝ちの傾向があるような気もします。温室効果ガスを30万トン減らしますと言われてもピンとこず、800トンの削減でも環境宣言と堂々とアピールしてしまえる。事業規模や事業形態によっても異なる、非常に比較しにくい価値ですね。エコロジー広告合戦は、どういう差別化に向かうのでしょうか?結局、イメージ戦略合戦と向かうのでしょうか。逆に言えば、企業は環境広告によって、どれだけ企業価値や製品価値を高められるのかということでしょうか。」
そもそも企業とは、何でしょうか。資本主義で生きている以上、利ザヤを稼がなければなりません。当たり前の話です。営利団体である以上、安く仕入れて高く売る。そこに何かしらの価値がなければ、これは、詐欺にあたります。確かに、そういう経営者もいます。しかし、そういう考えをもっていない経営者もいます。たまたま、自分にはそういう資質がある。経営基盤がある。そこに、対価として得られるものがある。それを、合理的な価格で提供しよう、それが世のためになる。利他に役に立つ。それを信じて経営を行った先人の経営者もいるのです。企業もやはり人なのです。それが経営者なのです。雇われ社長もいます。しかし、代表取締役というのは、その会社の代表になるのです。だから、トップが変われば、その企業の色も変わることになるのです。日本の内閣総理大臣と同じなのです。安部前首相から福田首相に変われば、日本の色も変わるのです。はっきりといいます。経営者の心が見えない企業は、いずれ衰退します。二代目社長がだめだといわれるのは、先代を超えるものがないからなのです。精神にも二つあります。業(欲)の精神(これはエゴです)と義(正義)の精神なのです。企業の本質からみれば、業の精神が勝つわけです。しかし、経営者には、義(正義)の精神が要求されるのです。自分だけがよければいい、自分だけ利益があがればいい、そういう排他的な考えでは、絶対に人はついてきません。そこに経営者の義の精神が必要になるのです。経営者は、業と義、最終的にどちらを選択するかと問われれば、義を選ぶことになるのです。それが、経営者の心になるのです。それが、その企業の顔になるのです。企業のPRとは、その社長の心の叫びになるのです。イメージの広告合戦も、それが虚であれば、空しくなり、民意はその嘘を見抜きます。いくら広告代理店がうまくても、そこに実や本質が見えなければ、虚で終わってしまいます。広告代理店の人も命を掛けて仕事をしているのです。いい仕事をするとは、命をかけるからできるのです。社長がいい加減で、嘘をいっていると見抜けば、それなりの仕事で終わってしまうのです。そこに光るものがでるには、依頼人と製作側での心と心の共鳴が必要になるのです。それが人と人との信頼になるのです。
先にやったものの勝ち、まさしくそうです。ノーベル賞をとったひとも、先にやったから取れるのです。後で、俺も同じ事を考えていたでは、後の祭り、負け犬の遠吠えなのです。やるというのは、その意識を経営者が持っていることの証なのです。エコロジーをうつのは、その経営者の判断なのです。声が大きいのも、そこに力が入るからです。エコロジーをうち出す経営者は、地球温暖化を心配しているからです。どこかで、そう思っているからです。環境広告がいいかどうか、分かりません。イメージ戦略上、どのベクトルがでるかどうかは、その経営者の心の状態が反映されるのです。文化を大事にしようとする経営者であれば、文化を全面にだすでしょう。そうなのです。今後の経営者としては、自分の義の精神として何を押し出したらいいか、考えるべきなのです。それに対して、最大限の努力を経営者はすべきなのです。ゴルフをするだけが経営者の仕事ではありません。接待で飲み食いするだけが経営者の仕事ではありません。どれだけ、企業のトップとして、企業の顔として、企業のイメージとして、自分の心の中にある命や思いを、多くの人にどれだけ伝えられるかを考え、それを効率よく実践するのが、経営者の最大の仕事なのです。企業の価値を高めるのは、経営者の義を高めることに通じるのです。それなくしては、いずれ、人はさり、会社は斜陽します。どんなに大きな会社であろうが、どんなに小さい会社であろうが、義を忘れた会社に未来はありません。企業は環境広告だけでは、企業価値や製品価値など高められません。唯一それができるのは、経営者が義の精神から見て、本当に憂い、地球温暖化阻止に向かって、本気で取り込む心がある場合だけ、効果を発揮するのです。広告とは、そのお手伝いをするものなのです。
そもそも企業とは、何でしょうか。資本主義で生きている以上、利ザヤを稼がなければなりません。当たり前の話です。営利団体である以上、安く仕入れて高く売る。そこに何かしらの価値がなければ、これは、詐欺にあたります。確かに、そういう経営者もいます。しかし、そういう考えをもっていない経営者もいます。たまたま、自分にはそういう資質がある。経営基盤がある。そこに、対価として得られるものがある。それを、合理的な価格で提供しよう、それが世のためになる。利他に役に立つ。それを信じて経営を行った先人の経営者もいるのです。企業もやはり人なのです。それが経営者なのです。雇われ社長もいます。しかし、代表取締役というのは、その会社の代表になるのです。だから、トップが変われば、その企業の色も変わることになるのです。日本の内閣総理大臣と同じなのです。安部前首相から福田首相に変われば、日本の色も変わるのです。はっきりといいます。経営者の心が見えない企業は、いずれ衰退します。二代目社長がだめだといわれるのは、先代を超えるものがないからなのです。精神にも二つあります。業(欲)の精神(これはエゴです)と義(正義)の精神なのです。企業の本質からみれば、業の精神が勝つわけです。しかし、経営者には、義(正義)の精神が要求されるのです。自分だけがよければいい、自分だけ利益があがればいい、そういう排他的な考えでは、絶対に人はついてきません。そこに経営者の義の精神が必要になるのです。経営者は、業と義、最終的にどちらを選択するかと問われれば、義を選ぶことになるのです。それが、経営者の心になるのです。それが、その企業の顔になるのです。企業のPRとは、その社長の心の叫びになるのです。イメージの広告合戦も、それが虚であれば、空しくなり、民意はその嘘を見抜きます。いくら広告代理店がうまくても、そこに実や本質が見えなければ、虚で終わってしまいます。広告代理店の人も命を掛けて仕事をしているのです。いい仕事をするとは、命をかけるからできるのです。社長がいい加減で、嘘をいっていると見抜けば、それなりの仕事で終わってしまうのです。そこに光るものがでるには、依頼人と製作側での心と心の共鳴が必要になるのです。それが人と人との信頼になるのです。
先にやったものの勝ち、まさしくそうです。ノーベル賞をとったひとも、先にやったから取れるのです。後で、俺も同じ事を考えていたでは、後の祭り、負け犬の遠吠えなのです。やるというのは、その意識を経営者が持っていることの証なのです。エコロジーをうつのは、その経営者の判断なのです。声が大きいのも、そこに力が入るからです。エコロジーをうち出す経営者は、地球温暖化を心配しているからです。どこかで、そう思っているからです。環境広告がいいかどうか、分かりません。イメージ戦略上、どのベクトルがでるかどうかは、その経営者の心の状態が反映されるのです。文化を大事にしようとする経営者であれば、文化を全面にだすでしょう。そうなのです。今後の経営者としては、自分の義の精神として何を押し出したらいいか、考えるべきなのです。それに対して、最大限の努力を経営者はすべきなのです。ゴルフをするだけが経営者の仕事ではありません。接待で飲み食いするだけが経営者の仕事ではありません。どれだけ、企業のトップとして、企業の顔として、企業のイメージとして、自分の心の中にある命や思いを、多くの人にどれだけ伝えられるかを考え、それを効率よく実践するのが、経営者の最大の仕事なのです。企業の価値を高めるのは、経営者の義を高めることに通じるのです。それなくしては、いずれ、人はさり、会社は斜陽します。どんなに大きな会社であろうが、どんなに小さい会社であろうが、義を忘れた会社に未来はありません。企業は環境広告だけでは、企業価値や製品価値など高められません。唯一それができるのは、経営者が義の精神から見て、本当に憂い、地球温暖化阻止に向かって、本気で取り込む心がある場合だけ、効果を発揮するのです。広告とは、そのお手伝いをするものなのです。
(余談になりますが、我々の会社の関連する会社で、上司から能力がないといわれた人がいたのである。その男も脇が甘いところがあったは事実ですが、上司から色々言われて、査定や評価が落ちたのである。その男は、私は何も悪いところがないといっていたのである。理不尽なことは会社ではよくあることである。私は、その男の胸のうちを聞いたのである。色々といっていたのであるが、最後に私はその男に聞いたのである。君がそこまでこだわるものは一体何なのか、その男は、私に言ったのである。それは、私の正義ですと。企業は、確かに利でうごくものである。利益がなければ、存在価値はないのである。しかし、利がその個人の業(欲)につながれば、それは、村上ファンドやホリエモンになるのである。会社の組織の上下関係で、上が業であり、下が義であれば、たぶんその男は苦しんだろうと感じたのである。人間は業と義のバランスなのである。その葛藤こそが、生きることになるのである。私はこの男にいったのである。その正義を最後までつらぬけ、ただし、しっかりと実績をのこせ、君の正義を守るためにも死に物狂いで仕事をし、実績をのこせ、残せなければ、業の人間のいったとおりだと、君は否定されるだけだぞと。この男の未来はわからない。しかし、実績を残し、自分に自信がついてくれば、自然と業と義とのバランスが見えてくるはずなのである。この苦しみを通り超えれば、義のある人間は、必ずトップになれるのである。)
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この記事へのコメント
1. Posted by ねこです。
2007年10月18日 22:23
有り難うございます。勉強になります。
東芝は「ecoスタイル」を打ち出しまたね。
http://www.seikatsu-styling.net/seikatsu/eco_style/index_j.htm#top
「星の王子さま」の重電系に対して、白物系での展開ですね。
松下も「eco ideas」戦略を10/5に打ち出し、
ソニーや日立も黙ってないのではと思います。
環境広告によるブランド価値の向上は、
量(アドシェア)での戦いとなるのか、
内容(クリエイティブ)での戦いとなるのか、
京都議定書の話題とともに、
益々激しくなっていくんでしょうね。
私的には、省エネ家電の買い替え促進や、
CO2や電気代がどれだけ減るかというより、
精神面に訴えかけられ、
共鳴・共感を抱くような広告が出てくることを
楽しみにしています。
そう考えると、トヨタのECOプロジェクトは、
素晴らしい広告だったと思います。
東芝は「ecoスタイル」を打ち出しまたね。
http://www.seikatsu-styling.net/seikatsu/eco_style/index_j.htm#top
「星の王子さま」の重電系に対して、白物系での展開ですね。
松下も「eco ideas」戦略を10/5に打ち出し、
ソニーや日立も黙ってないのではと思います。
環境広告によるブランド価値の向上は、
量(アドシェア)での戦いとなるのか、
内容(クリエイティブ)での戦いとなるのか、
京都議定書の話題とともに、
益々激しくなっていくんでしょうね。
私的には、省エネ家電の買い替え促進や、
CO2や電気代がどれだけ減るかというより、
精神面に訴えかけられ、
共鳴・共感を抱くような広告が出てくることを
楽しみにしています。
そう考えると、トヨタのECOプロジェクトは、
素晴らしい広告だったと思います。

