2008年01月11日

パナソニック株式会社、吉とでるか凶とでるかは、不特定多数の判断

 松下電器産業株式会社が10月1日に、6月下旬の株主総会を経て、「パナソニック株式会社」に変更すると発表した。松下という名前と、NATIONALブランドも、すべてパナソニックに統合されるというものである。関連会社は、すでに、パナソニックなんとかに変わっているところが多いので、今回は、その総元締めの名前をパナソニックとしたのである。もちろん、松下幸之助さんが、生きていたとき、一度社名をパナソニックにしたいと幸之助さんに申し入れたときがあったが、即座に却下されたとのことである。その松下電器産業がなぜ、2008年に、あえて、パナソニックという名前にしなければならないのか、私には、分からない。私の印象では、変えることが、一見時代にあっているかのように見えるが、それが、視点を変えれば、時代錯誤であるように感じるのである。

 トヨタは、市場拡大のため、トヨタの最高級車、セルシオをなくし、アメリカでのブランド、レクサスをその代わりにおいた。そして、あたかも、トヨタとは、分離したひとつの販売形態として、レクサスをひとつのトヨタの最高級車のブランドとして、その他のトヨタ車とは、分離させたのである。レクサスのディラーは、レクサス車のみ扱っているのである。ひとつの客層を分離させることで、レクサスのブランドを社会的なステイタスに置き換えたのである。それは、レクサスを買える人のプライドを守ったのである。差別化させることで、その費用をレクサスのエンブレムに与えたのである。

 今回のパナソニックの件は、トヨタの戦略とは、また違うのである。トヨタは、依然としてトヨタ自動車株式会社なのである。通称のトヨタがひとつのブランドを形成しているのである。シャープは、アクオスというブランドをもっているが、アクオスというブランドを社名にしていない。たぶん、かえるつもりはないだろう。トヨタも創業家の豊田家の名前をまもっている。トヨタ自動車株式会社が、レクサス株式会社には、絶対にしないはずである。そう、その中で、松下電器産業を松下株式会社ではなく、横文字のパナソニック株式会社に何故変えたのかをかんぐれば、会社の名前から、松下の文字を消したいからと類推できるのである。もっと、いえば、松下幸之助さんのイメージを払拭したかったからである。なぜ、払拭したかったといえば、その松下幸之助さんの残した経営哲学が、巨大化した松下グループに対して、重荷になったからであろうと想像する。東芝は、リストラをしたり、関連会社を売却したのである。弱いところを捨て、強いところを、特化したために、収益が回復したのである。



 逆に言えば、パナソニックは、創業者の松下幸之助さんの経営理念にある宇宙観、人間観、社会観、世界観の中に織り込まれた幸之助さんの哲学を脇に置いたのである。パナソニック株式会社は、普通の会社になったのである。普通の会社とは、収益のためには、リストラをも、断行し、収益のためなら、関連会社も売却したりすることを、辞さない会社をいうのである。それによって、東芝や日産は業績を回復したのである。

 私は、何回も松下幸之助さんの経営理念を読んだ。そこに、流れているのは、人間としての深みなのである。一生懸命こつこつと気づきあげた知恵があるのである。「宇宙に存在するすべてのものは、つねに生成し、たえず発展する。万物は日に新たであり、生成発展は自然の理法である。」幸之助さんは、新しい人間観の提唱でそう語りかけているのである。そこに、力強い、創業者の哲学が織り込まれているのである。ある意味、立派である。たぶん、松下幸之助さんが松下電器産業株式会社の社長であるとき、その哲学を会社で実践していたはずである。全員がそれを是としたとは思えないが、多くの人の賛同を得たはずであり、共存共栄を実践したために、家電販売店の人々の賛同や協力が得られたはずである。その人々や従業員の人々の力があってこそ、今日の松下グループができたはずなのである。松下電器産業が今日の繁栄を築けたのは、創業者の松下幸之助さんの全体を束ねる力が絶大だったからである。それを生んだのが、幸之助さんの内なる力、それが、経営理念の織り込まれた幸之助さんの人間としての哲学だったからである。

 松下電器産業を大きくしたのは、幸之助さんの人間への信頼性なのである。幸之助さんの人間としての深さが、会社を大きくしたのである。松下電器産業は、松下幸之助さんが一代で築き上げた会社なのである。その松下の名前を取るということは、幸之助さんの影響を排除するということなのである。それをとらなくてはならない状況になったことである。つまり、松下幸之助さんの意向を汲んで、実践できる人が松下にはいないということになるのである。それが、技術的に均質化したグローバルの競争化の時代には、古臭いということなのだろうか、ブランド戦略の時代に、松下という創業者の名前は似合わないということなのだろうか、逆にいえば、創業者の意向とは違うことをやります。創業者の名前を汚したくないために、あえて、その名前を社名から外したということなのだろうか。

 とにかく、松下電器産業株式会社は、松下パナソニック株式会社でもなく、松下株式会社でもなく、ただ、ブランド名として浸透しているパナソニックという名前を社名にすることにしたのである。後、数十年すれば、パナソニックを作った人が、松下幸之助さんであることも、忘れさられるのである。パナソニックは松下幸之助さんの哲学の実践により、大きくなったのである。本当に、それでいいのだろうか、逆に、いまこそ、松下幸之助さんの哲学を再度、全面に押し出して、松下電器産業とは、こういう会社である、それが松下であると、マーケットに押し出したほうがいいような気が私にはするのだが。そう、松下電器産業は、社名から松下をとり、パナソニックという普通の日本を代表する巨大な会社になるのである。それで、いいのだろうか?非常に寂しい気持ちがする。



nano3000xp at 22:43 │Comments(0)TrackBack(0)clip!

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