2008年03月08日
新銀行東京、経営不振、そのつけは結局都民が払うのか?
新銀行東京の資本金は、1187億円である。そのうち、東京都は84%の出資をしている。いわば、東京都がすべての議決権をにぎっていることにある。2/3以上をもっているため、大株主東京都に逆らうものは、誰もいないということである。それで、3月期決算での累積赤字が1016億円であり、すでに出資金を上回る赤字があるということになる。普通の民間会社であれば、とうに清算されている。さらに、悲惨なのは、現時点での融資先の約600社が経営破たんし、約86億円が焦げ付いているのである。つまり、返済不能ということになる。一社あたり、1500万、貸し付けて、それがパーということになる。さらに、返済が6ヶ月以上滞っている融資物件が1100件あり、これも総額で、132億円になるというのである。これも、一件あたり、1200万ぐらいの融資物件になる。さらに、返済が3ヶ月以上6ヶ月未満滞ったり、返済できないために貸し出し条件を緩和した融資は520件(約54億)あるというのである。今まで、融資した物件は、13000件であるため、不能件数600件、6ヶ月以上滞納1100件、それ以下の返済滞納520件であるため、それらは全体の17%を占めることになる。
その数字が大きいか、それともそんなものかは、私には分からない。しかし、ちゃんと返済している会社にとっては、非常に辛いことなのである。たしかに、事業をおこなっていれば、つなぎの資金は必ず必要になるのである。特に、製造業では、先にお金が必要だからである。材料を加工するにも、その材料を購入しなければならない。機械加工であれば、先に機械を購入しなければならない。商社であれ、製造業だろうと、資金の大小の差はあっても、売り上げてお金を回収するまでに、仕入れ金額等は、先に出て行くからである。その空白期間のつなぎを補填するのが、金融業の仕事なのである。それが資金繰りというものになる。会社でキャッシュフローを重視するのは、どんなときでも、ショートしてはいけないからである。家計でも、もし貯蓄がなく、支出が先で、収入が後であれば、その間、生きるための最低のお金を持ってこなければならない。それが、融資、借り入れになるのである。
事業は、絵に描いたもちのようにはいかない。事業計画のようにすべてが順調にいくとはかぎらない。なぜなら、相手がいるからである。供給したくても、そこに需要がなければ、どんなにいい会社であっても、つぶれてしまう。トヨタだろうが、松下だろうが、誰も、車や家電をかわなければ、一気につぶれてしまうのである。新銀行東京は、東京都の中小企業むけに作られた銀行である。大企業には、大手の銀行がついているし、色々な手段で資金を調達できるため、公的な金融機関を使う必要はない。そのために、どうしても、新規の銀行は、功を焦るため、貸付に無理があったり、融資の条件が甘くなってしまうのである。銀行は、その融資先の技術や商品の優位性を値踏みすることができない。投資であれば、その会社の経営まで関与し、経営的におかしなところがあれば、是正できるし、何かバランスがわるければ、それを補強し立て直すこともできるのである。融資は、単にお金を貸すだけなのである。相手の会社先の内部まで入って、どうのこうのすることはないのである。
その数字が大きいか、それともそんなものかは、私には分からない。しかし、ちゃんと返済している会社にとっては、非常に辛いことなのである。たしかに、事業をおこなっていれば、つなぎの資金は必ず必要になるのである。特に、製造業では、先にお金が必要だからである。材料を加工するにも、その材料を購入しなければならない。機械加工であれば、先に機械を購入しなければならない。商社であれ、製造業だろうと、資金の大小の差はあっても、売り上げてお金を回収するまでに、仕入れ金額等は、先に出て行くからである。その空白期間のつなぎを補填するのが、金融業の仕事なのである。それが資金繰りというものになる。会社でキャッシュフローを重視するのは、どんなときでも、ショートしてはいけないからである。家計でも、もし貯蓄がなく、支出が先で、収入が後であれば、その間、生きるための最低のお金を持ってこなければならない。それが、融資、借り入れになるのである。
事業は、絵に描いたもちのようにはいかない。事業計画のようにすべてが順調にいくとはかぎらない。なぜなら、相手がいるからである。供給したくても、そこに需要がなければ、どんなにいい会社であっても、つぶれてしまう。トヨタだろうが、松下だろうが、誰も、車や家電をかわなければ、一気につぶれてしまうのである。新銀行東京は、東京都の中小企業むけに作られた銀行である。大企業には、大手の銀行がついているし、色々な手段で資金を調達できるため、公的な金融機関を使う必要はない。そのために、どうしても、新規の銀行は、功を焦るため、貸付に無理があったり、融資の条件が甘くなってしまうのである。銀行は、その融資先の技術や商品の優位性を値踏みすることができない。投資であれば、その会社の経営まで関与し、経営的におかしなところがあれば、是正できるし、何かバランスがわるければ、それを補強し立て直すこともできるのである。融資は、単にお金を貸すだけなのである。相手の会社先の内部まで入って、どうのこうのすることはないのである。
もはや、残念ながら淘汰される時代になったのである。ネット社会、高速物流時代、技術の均質化により、中小企業や零細企業、商店、個人事業主、そのなかで、何かがオンリーワンでなければ、もう生きていけない時代なのである。小さい文房具がビルの1階にある。そのビルの五階ワンフロアーに100円ショップがあれば、客は100円ショップの方へいく。今の100円ショップには、なんでもあるからである。文具の売り場も、100円ショップの方が大きいからであり、もちろん、値段も安いし品質も大差はない。誰が考えても、経営は成り立たないはずである。大手や中堅のスーパーやコンビニエンスストアーやホームセンターに人はながれ、少しはなれた商店街の店は、シャッターが下りているのである。
製造業でも同じである。加工は中国でおこなっているところが多い。汎用の旋盤で加工できるところは、どんどん圧縮されている。価格等でもはや日本では太刀打ちできないからである。3軸や5軸のNC加工機を購入でき、しかも、相当に腕があるところだけが、生き残るのである。なぜなら、中国は、まだそのレベルにはないからである。しかし、いつか、追い越される日がくる。むかし、出来なかったものが、今はできる。そうであれば、今出来ないものは、将来できるようになる。そうなれば、日本の加工業は、中国に飲み込まれてしまうことになる。これが、時間というながれなのである。よほど、特許やブラックボックスで、その本質がわからないようにしないと、そして、それが分かっても他がまねできないようなノーハウをもたないと、いつか、肩を並べられてしまい、負けてしまうのである。当然にコストの安いほうへ流れてしまうのである。
政府や役人は、この現象に目を背けている。出来ることは、道路特定財源を使い、道路を作り、土木関係の会社に税金で仕事を出しているのである。大きい物件では、大手の建築会社が受注し、下請けに仕事をさせている。また、そこも、孫請けに出しているかもしれない。もちろん、上はぴんはねしているから、楽して利益をとっている。上からお金を流しても、途中で搾取されて、下まではいかないのである。もうそのやり方も限界に来ている。下に直接お金をいれても、そこに、選別するだけの技量がないために、新銀行東京のように17%は、無駄になるのである。もはや、モルヒネで延命させても、時間の流れで淘汰されるところには、公的資金をいれて、清算させてあがるような政策の方がいいのである。そして、再生できる人やグループに経営を託し、活用できるところは活用し、くっつけられるところはくっつけ、そこで新たな価値を見つけ再生してあげるほうがいいのである。
今までと、同じ発想や同じ手法を繰り返しても、同じ結果になるのはわかりきっていることである。問題を先延ばししても、同じである。時間の流れによって、未来は予想できるのである。一日遅れれば、一日の損失がでるのである。
製造業でも同じである。加工は中国でおこなっているところが多い。汎用の旋盤で加工できるところは、どんどん圧縮されている。価格等でもはや日本では太刀打ちできないからである。3軸や5軸のNC加工機を購入でき、しかも、相当に腕があるところだけが、生き残るのである。なぜなら、中国は、まだそのレベルにはないからである。しかし、いつか、追い越される日がくる。むかし、出来なかったものが、今はできる。そうであれば、今出来ないものは、将来できるようになる。そうなれば、日本の加工業は、中国に飲み込まれてしまうことになる。これが、時間というながれなのである。よほど、特許やブラックボックスで、その本質がわからないようにしないと、そして、それが分かっても他がまねできないようなノーハウをもたないと、いつか、肩を並べられてしまい、負けてしまうのである。当然にコストの安いほうへ流れてしまうのである。
政府や役人は、この現象に目を背けている。出来ることは、道路特定財源を使い、道路を作り、土木関係の会社に税金で仕事を出しているのである。大きい物件では、大手の建築会社が受注し、下請けに仕事をさせている。また、そこも、孫請けに出しているかもしれない。もちろん、上はぴんはねしているから、楽して利益をとっている。上からお金を流しても、途中で搾取されて、下まではいかないのである。もうそのやり方も限界に来ている。下に直接お金をいれても、そこに、選別するだけの技量がないために、新銀行東京のように17%は、無駄になるのである。もはや、モルヒネで延命させても、時間の流れで淘汰されるところには、公的資金をいれて、清算させてあがるような政策の方がいいのである。そして、再生できる人やグループに経営を託し、活用できるところは活用し、くっつけられるところはくっつけ、そこで新たな価値を見つけ再生してあげるほうがいいのである。
今までと、同じ発想や同じ手法を繰り返しても、同じ結果になるのはわかりきっていることである。問題を先延ばししても、同じである。時間の流れによって、未来は予想できるのである。一日遅れれば、一日の損失がでるのである。

