2008年07月18日

時間の不可逆性、科学は孤独死と人の終末医療を救えるか

 ふと、感じる。このままの状態が続けば、いずれ、社会はパンクするはずである。無秩序にエネルギーを放出していけば、激しいノイズの場で、地球は覆われ、その中でうごめく人の心も、無秩序に乱れ狂うはずである。確かに、PC(パーソナルコンピューター)が、出現してから、世界は変わった。それに、ネットワークがつながり、世界のひとつひとつのPCが連結された。それにより、世界はまた変わった。時のながれとその変化を視覚化すると、あきらかに、指数的に変化しているのが、感覚的にもわかる。去年の変化率がたとえば、2倍だとすれば、今年は4倍になるということである。もっと、長い年月で、地球を見ると、成長は、鼠算的には、行かない。どこかでパンクする。そうすると、この文明も、どこかでパンクすることが予想される。

 少子高齢化と地球温暖化がすすむ。年金や高齢者医療制度の躓きで、日本の未来は、限りなく暗い、このままの状態でいけば、日本は、非常に不平等な社会になるはずである。それを打破するには、科学を使うしかないと感じる。有機物の人間を、無機物で構成される機械で、補うことしかない。人間と人間とが、対応すれば、そこに必ず、心と心の対立が生じる。紛争が絶えないのは、エゴとエゴがぶつかるからである。介護で問題になるのも、人間が人間を介護するから、そこに、利他と自利との葛藤が介護する人の心に生じるからである。誰でも、年はとりたくはない。しかし、誰もが、命の終末を迎える。脳細胞が消滅していき、誰もが最後には認知症になる。少子高齢化で、最高齢者を高齢者で介護することが予想される。社会の中の個々の絆は、時間とともに、ばらばらになる。形あるものが、ばらばらになるのと同じである。エントロピーの法則が働くからである。それが、時間軸に対して機能するからである。時の不可逆性は、マクロの大きさで生きる人間にとって、受け入れざるを得ない真理でもある。そう、人は、いつか、必ず、土に帰るのである。太古、滅亡していった生物がいる。それらは、自分たち以外のもの(ツール)を作ることができなかったからである。人間のすばらしさは、ツール(もの)を作り出すことができる点なのである。

 人は、ものを作り出した。その基礎が科学である。物理や化学等の科学がそれを支えたのである。そして、いままでは、科学の進歩は人殺しのツールとして発展してきた。その最高峰にたつのが、原子爆弾である。本来は、科学の進歩は人殺しのツールであってはならないはずである。少子高齢化がすすみ、人は、自分の終末を自分で見つめることになる。残念ながら、これから、人は、孤独死にならざるをえない。一人ひとりが、自分の終末に自分で責任を持たなくてはならない時代が必ず到来する。そのとき、そばにいるのが、ロボットのはずである。人間が人間をいたわり介護する。美しい秩序があれば、そうであろう。しかし、介護ビジネスも基本的に、ビジネスであれば、営利を伴う。費用に対する効果でしかありえない。それを飛び越えて、心情的に介護することは、ビジネスとしてはありえない。子供が親を介護する。夫が妻を妻が夫を介護する。しかし、現実の場では、痛ましい介護疲れが出ている。認知症の子供や夫を親や妻が殺す。法律上は、殺人罪になってしまう。これから、ますますそういう時代が到来する。人が人であり、人の尊厳が守られ、人がその優しさに解き放たれ、美しい秩序がなりたつまで、残念ながら、時代は、この方向性に流れていく。認知症の夫や子供の命が尽きた。激しい寂しさと哀しさが起こる。しかし、残念ながら、心のどこかで、ほっとする気持ちが出るのもまた事実なのである。



 ロボットを成り立たせるためには、高度な技術がいる。それは、微粒子化に他ならない。人工的に知能を持たせるためには、高度な集積回路を多段多層に組み合わせて、ものすごい計算をしなければならない。そして、細部のパーツも微細な運動が必要になる。そして、太陽光からのエネルギーを電気として活用しなければロボットに自律を持たせることなどできない。そのために、色素増感型太陽電池の開発が急務のはずである。二酸化チタンの微粒子化が必要になる。たぶん、時代に対して、ナノテクノロジーも、不可逆的にながれるはずである。終末医療にしても、終末介護にしても、科学が救いを与えてくれるはずである。私は、そう信じている。いや、そう信じたい。そのために、いままで、微粒子化の技術を追求してきた意地がある。

 未来は、確かに、二つに重なっている。暗い世界と明るい世界とである。科学を人殺しのツールとして活かすも、介護や医療に活用するのも、人間次第である。人の心次第なのである。無秩序にこのエネルギーを放置すれば、まちがいなく、地球温暖化で人類は崩壊する。美しい秩序が回復されれば、地球上のすべての命が守られ、そして、それぞれの命の尊厳がまもられたまま、新しい命へと引き継ぐことができるのである。

 残念ながら、時間は一方方向へ流れる。昔にはもどることはできない。今、10代で美しい人も、確実におばあちゃんになる。そして、土へとかえる。100年前はたしかにあった。500年前も今と同じようにあった。その当時、同じことを考えていた人は、確実に今はいない。それは、どうすることもできないことである。核家族化と少子高齢化へと時が刻まれた。そのようにすすんだ。そのすすんだ時間に対して、平行するように科学は進歩した。なら、核家族化と少子高齢化に対応するのは、科学の進歩しかないはずである。医者が不足する。新しい薬の開発が必要になる。先端技術が必要になる。ナノテクノロジーが必要になる。数理的、論理的な考え方と音楽的、感性的な考え方の融合が必要になる。ナノテクノロジーや微粒化技術には、その二つの考え方が必要になるからである。




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