2008年07月23日
八王子駅ビル書店女学生、通り魔殺傷、悲劇は続く。
22日の午後9時40分、そろそろ、書店も一日の営業を終了する時間である。郊外型の駅ビルである。八王子は、中央線、八高線、横浜線、私鉄の京王線が乗り入れているところである。東京近郊には、大きな大学もあり、八王子は、ひとつの学生の集結場所でもある。斉木愛(まな)さんは、アルバイトとして、9階の本屋で働いていた。本屋さんは、アルバイトの時給としては、高くもなく、低くもない。ただし、本が好きな人であれば、本屋さんでアルバイトをすることは、きっと楽しかったに違いない。ごく普通に生活し、ごく普通に友達と語り合い、ごく普通に恋愛も楽しんでいたはずである。
22日の朝、いつものように、彼女は目覚めたはずである。大学は、夏休みかどうかはわからない。学生は、お小遣いをためたり、夏休みの旅行の支度金にする目的でこの時期アルバイトにいそしむはずである。何時から何時までのアルバイトだったかは分からない。すくなくとも、斉木さんは、その日の午前9時ごろには、起きていたはずである。運命とは、残酷である。その日の12時間後には、殺傷されているのである。こういう事件をみるにつれて、被害者の12時間前を考えてしまう。秋葉原で殺傷された女性もそうであったし、スイミングプールで撃ち殺された女性もそうだった。彼女たちがその日、起きて、殺傷されるまで、どんなことを考えていたのか、何か普段とは異なる雰囲気を感じていたのか、もし、死者の魂をよみがえらせることが可能なら、私は、彼女たちのその日の心の叫びを聞いてみたい。
この犯人(菅野昭一容疑者)は、卑劣である。無差別に関係のない人を殺す犯人は、到底許すことはできない。特に、被害者の家族や関係者は、なおさらそう思うであろう。誰でもよかったといわれたら、この犯人に殺された斉木さんのご両親は、救われないはずである。いままで、大切に育て上げた娘さんをこの愚かな犯人によって、誰でも良かったといわれて、殺されたのであれば、どう気持ちの整理をつけたらいいのかと思うはずである。誰でもが、被害者と加害者を天秤に掛けてみる。被害者に同情はすれ、加害者には、ひとかけらの同情の気持ちも起きないはずである。仕事がおもしろくなかった。だれでも良かった。ただ人を殺したかったというのが動機であれば、自分を真っ先に殺すべきなのである。この犯人は卑劣である。人を殺害した後、凶器を置いて逃亡したのである。そして交番近くでうろうろしているところを職務質問され、逮捕されたのである。
自分の気持ちがむしゃくしゃし、そのいたたまれないところから逃避したくて、犯行に及んだ。事件がおきれば、マスコミは、報道してくれる。自分の思いも伝えてもらえる。そして、自分は、生きることができる。一人だけの殺傷であれば、死刑にはならない。そして、抵抗することなく、捕まり、そして裁判のときに、情状酌量を狙って、反省と改悛の情を示せば、無期懲役になるはずである。死刑にならなければ、どこかで、出てこれる。ある意味、支援団体がつき、自分をまもってくれる。もし、そこまで計算にいれて、犯行に及んだとしたら、この犯人によって殺された斉木さんはまったく救われないはずである。
22日の朝、いつものように、彼女は目覚めたはずである。大学は、夏休みかどうかはわからない。学生は、お小遣いをためたり、夏休みの旅行の支度金にする目的でこの時期アルバイトにいそしむはずである。何時から何時までのアルバイトだったかは分からない。すくなくとも、斉木さんは、その日の午前9時ごろには、起きていたはずである。運命とは、残酷である。その日の12時間後には、殺傷されているのである。こういう事件をみるにつれて、被害者の12時間前を考えてしまう。秋葉原で殺傷された女性もそうであったし、スイミングプールで撃ち殺された女性もそうだった。彼女たちがその日、起きて、殺傷されるまで、どんなことを考えていたのか、何か普段とは異なる雰囲気を感じていたのか、もし、死者の魂をよみがえらせることが可能なら、私は、彼女たちのその日の心の叫びを聞いてみたい。
この犯人(菅野昭一容疑者)は、卑劣である。無差別に関係のない人を殺す犯人は、到底許すことはできない。特に、被害者の家族や関係者は、なおさらそう思うであろう。誰でもよかったといわれたら、この犯人に殺された斉木さんのご両親は、救われないはずである。いままで、大切に育て上げた娘さんをこの愚かな犯人によって、誰でも良かったといわれて、殺されたのであれば、どう気持ちの整理をつけたらいいのかと思うはずである。誰でもが、被害者と加害者を天秤に掛けてみる。被害者に同情はすれ、加害者には、ひとかけらの同情の気持ちも起きないはずである。仕事がおもしろくなかった。だれでも良かった。ただ人を殺したかったというのが動機であれば、自分を真っ先に殺すべきなのである。この犯人は卑劣である。人を殺害した後、凶器を置いて逃亡したのである。そして交番近くでうろうろしているところを職務質問され、逮捕されたのである。
自分の気持ちがむしゃくしゃし、そのいたたまれないところから逃避したくて、犯行に及んだ。事件がおきれば、マスコミは、報道してくれる。自分の思いも伝えてもらえる。そして、自分は、生きることができる。一人だけの殺傷であれば、死刑にはならない。そして、抵抗することなく、捕まり、そして裁判のときに、情状酌量を狙って、反省と改悛の情を示せば、無期懲役になるはずである。死刑にならなければ、どこかで、出てこれる。ある意味、支援団体がつき、自分をまもってくれる。もし、そこまで計算にいれて、犯行に及んだとしたら、この犯人によって殺された斉木さんはまったく救われないはずである。
加害者には、口があり、被害者には、口がない。このふざけた男により、斉木さんの一生は、消滅させられたのである。この犯人が生き続ける限り、この犯人の心に、被害者のことは、贖罪として罪の意識を植え付けていかなければ、被害者と加害者とのバランスが崩れるのである。本当の不可抗力で、たまたまの事故で人を殺してしまったのと、今回の殺人は本質的に違うのである。
この犯人は、刃物で、斉木さんを刺したのである。興奮していても、刃物が刺さっていく感触はこの犯人はもったはずである。そして、ぐだっとなっていく被害者、意識が遠のき、死の中に消滅していく被害者、この犯人はそれを一生背負わなければいけないのである。
死者の魂は、消えることはない。人がエネルギーを獲得して、それを発散させたものは、この世では、きえることはない。減衰してよわくなることはあっても、それは消えない。そして、遺族は、その悲しみを死者の最後の魂の叫びに重ねる。それは増幅され、悪夢となって、加害者の心に忍び込むはずである。加害者は忘れようとしても忘れられないはずである。
このような形でも、殺された死者の魂は、なかなか鎮めることはできない。それを鎮めることができるのは、やはり、殺した人の誠実なる償いしかないはずである。犯人の心からの償いにより、死者の魂の方向性は消え、安らかな死者の魂として、この世を伝播するはずである。このようなことをいわなければ、このようなことを真理として伝えなければ、このような愚かな通り魔殺人を抑止することなどできないはずである。
この犯人は、刃物で、斉木さんを刺したのである。興奮していても、刃物が刺さっていく感触はこの犯人はもったはずである。そして、ぐだっとなっていく被害者、意識が遠のき、死の中に消滅していく被害者、この犯人はそれを一生背負わなければいけないのである。
死者の魂は、消えることはない。人がエネルギーを獲得して、それを発散させたものは、この世では、きえることはない。減衰してよわくなることはあっても、それは消えない。そして、遺族は、その悲しみを死者の最後の魂の叫びに重ねる。それは増幅され、悪夢となって、加害者の心に忍び込むはずである。加害者は忘れようとしても忘れられないはずである。
このような形でも、殺された死者の魂は、なかなか鎮めることはできない。それを鎮めることができるのは、やはり、殺した人の誠実なる償いしかないはずである。犯人の心からの償いにより、死者の魂の方向性は消え、安らかな死者の魂として、この世を伝播するはずである。このようなことをいわなければ、このようなことを真理として伝えなければ、このような愚かな通り魔殺人を抑止することなどできないはずである。

